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「なあ、事故物件ってどうやって探せばいい?」
新宿で開かれた大学の同窓会。久々に再会した同級生が、不動産屋に勤めていると聞いて、俺はそんな質問をぶつけてみた。
「何、水野、お前事故物件に住みたいの?」
俺はうなづいた。三輪は呆れたような顔をして煙草をふかし、ため息をついた。不動産屋に勤めているとこんな質問には辟易しているんだろうか。安易に住みたいなんて言うのは考え無しで、大学時代の友人とはいえ、ぶしつけな質問だっただろうか。
「え、俺、バカすぎ?」
ずっと渋い顔をしている三輪に、わざとちゃかして聞いてみた。
「いや……ちょっとその、ちょうど、最近まさにその事故物件の案件でしんどかったからさ」
「マジで? そうなの? どんな物件?」
俺は身を乗り出した。周りの連中も、『事故物件』というワードにひきつけられて、興味ありげに身を寄せてくる。三輪はもったいぶっているように、たばこの灰を落とし、ビールに口をつけた。
「水野、一応確認しておくけど、お前が住みたいのっていわゆる『人が亡くなった物件』ってことだよな」
「そのとおり」
「賃貸サイトなんかで検索して『告知事項あり』って書いてある物件がそうである可能性はあるけど、でも、いわゆる事故物件以外もあるからな。つまり、クレーマーがうるさい、とか、ヤクザの事務所が近くにある、とか」
「うんうん、そこまでは俺も知ってる。で、いわゆる事故物件だけを調べる方法とか、サイト内でチェックできる見分け方とか、事故物件の特徴とか、あるのか?」
「『告知事項あり』って書いてある物件を見つけたら、直接不動産屋に出向いたり、電話したりして、あたってみるしかないな。ただ、不動産屋も、わざわざここで殺人がありましたよーなんて大っぴらにしたくはないから、本気で借りる気持ちがある人にしか告知したくない。
だから『事故物件に住みたいんですけど、ここはそうですか?』なんていう聞き方をしたら敬遠されるだろうな」
「へー」
「不動産屋としては、自分が管理してる物件が事故物件になったら、ほかの仲介業者にはあまり出さず、自社の営業部だけで次の借り手を探すこともある。そして、今、俺がそれをやってる」
「なるほどな。で、どんな事故だったんだ?」
「おのぞみの通り、自殺だよ」
自殺! 俺も周囲も色めき立った。「いつ?」「どんな自殺?」「特殊清掃呼んだ?お祓いは?」「家賃は安くなる?」皆が口々に三輪に質問をあびせる。三輪はそれをなだめながら、
「同棲暮らししてた若いカップルのうち、彼氏が一人で練炭自殺。残された彼女に200万くらい請求しなきゃいけなくて、こっちも切なかったよ」
と言った。
「なんだそれ、彼女が払わないといけないのか?」
「本来なら彼氏の親が払う予定だったけど、親が相続放棄して彼女に払う義務を押し付けたんだよ。そこでも一揉めして、しんどかった」
「200万って、何に使うの?」
「特殊清掃と、お祓いと、あとは諸々。しかも、貧乏カップルでさー。彼氏は作家志望の大学院生、彼女はバイトしながら劇団員してて。住んでたのも本来単身者用の1Kで」
「家の中入った?」
「まあ……ね」
三輪はそこで言葉を濁した。
「結構、アレだったよ。風呂場だったんだけど、ハエがさ……」
皆からは、うわあ……という声が漏れる。
「やっと今日カタがついて、次の借り手を探せるようになったよ」
「それって、いつだったの?」
「二週間前」
「場所は?」
「近くだよ。中坂東」
「え、それって、俺が今物件探してるとこじゃん!」
思わず俺は大きい声を出してしまう。今朝もちょうど中坂東の不動産屋を見てきたところだったのだ。
「え、すごい偶然!」
「水野、住んじゃえば~?」
皆が盛り上がる。三輪に物件の詳細を聞いたところ、木造35年の1K、新宿まで電車で10分なのに、家賃は事故物件価格で驚きの4万円。都心近くで、設備は気にせず、とにかく安い部屋を探していた俺にとって、条件はぴったりだった。
「え、ちょっと、ガチで紹介してほしいんだけど」
「いいけど……、自殺部屋だぜ、平気か? 怖くないのか?」
「平気平気」
むしろ、「割安な部屋に住みたい」という理由で事故物件を狙っていた俺だ。今まで心霊体験をしたことはないし、霊感は全然ないタイプだから問題ない。

「ていうかお前、今から内見行ってきてもいいよ」
「え? 今から? 行けるの?」
「俺の会社の管理してる物件なら、いつでも内見はできるようにしてあるんだよ。部屋のドアにキーボックスがかかっているけど、ロックの番号が0141で開く。石井ホームだから、石井の141な。それでボックスを開けると、中に部屋のカギがある。ちなみにうちの物件のキーボックスは全部0141だから、酔って終電なくした時に好きな物件に泊まってもいいぞ。新宿近辺にもいっぱい物件あるし」
と笑った。
「ずいぶんゆるい管理なんだね。じゃあ部外者が夜中に忍び込むのも楽勝なんだ。でも、そんなこと教えて、お前ヤバくないの? クビにならない?」
「ならないならない。むしろ非番の時に営業してるんだから褒められたもんだ」
三輪の表情はさっきとは打って変わって晴れ晴れとしていた。なんだかんだ言って三輪は、ずっと重荷だった事故物件がやっと手放せそうで気が軽くなっているのかもしれない。
「よーし、告知義務は果たしたからな、あとはよろしく」
と、三輪は俺の肩を威勢よく叩いた。

3次会まで楽しんでほろ酔い気分、終電も立派に逃した俺は、新宿からタクシー1000円以内で行けるその家に、なんとその足で向かってみた。
三輪から教えてもらった住所をGoogleマップにコピペし、タクシーの運転手にスマホを見せる。多少入り組んだ場所にあるが、確かに飲み会をしていた新宿から1000円以内で行ける、好立地だった。
見た目は何の変哲もない木造アパートで、まあ、作家志望と劇団員のカップルが暮らす、レトロというか質素なアパートとして、ドラマなんかにも出て来そうな、いい感じのボロさの家だった。
くだんの部屋は202号室、角部屋だ。キーボックスは三輪の言った通り0141であっけなく開いた。

部屋の中からは秋の外気よりさらに冷たい空気と、ちょっと薬っぽいにおいが流れてきた。消毒液のにおいかもしれない。特殊清掃、と言う言葉が頭をよぎる。
三輪の指示通り、中に入って玄関の扉のすぐ上にあるブレーカーを背伸びして上げると、電気も問題なく点いた。
間取りを確認すると、単身者用アパートで最もよくある形の、長方形の1Kだった。手前の短辺に玄関、廊下を挟んで左右にキッチンとユニットバス、その奥に縦長の六畳、向こう側の短辺に掃き出し窓、ベランダがあるタイプ。ただしこの部屋は角部屋ということで側面にも大きめの窓があった。
俺の頭の中の予想と違って、部屋は和室だった。しかし和室なら都合が良い。このままごろ寝してしまえる。
俺は我ながら驚いていたが、この部屋に泊まる気満々でいた。
事故物件だぞ、二週間前にここで人が亡くなったんだぞ、と理性が俺に言い聞かせてくるが、ビールで心地よくしびれた脳はそんなこともうやむやにして、ただ漠然とした幸福感と睡眠欲で押し流してしまう。
秋で良かった、暑すぎないし、寒すぎない。このまま寝てしまっても風邪をひかないだろう。和室に転がり込もうとした瞬間、あ、と思って、念のためユニットバスのドアを開けてみる。
蛍光灯を受けてほの白く光るバスタブも、トイレも、何の変哲もない様子でそこにたたずんでいた。
今日内見したほかの多くの空き部屋となんら変わらず、いやむしろきれいなくらいだった。特殊清掃さんが頑張ったにちがいない。「ハエが」という三輪の言葉を思い出してみるが、今目にしているユニットバスのうえに、そんな様子を重ねて想像してみることはできなかった。
和室に戻り、今度こそと大の字に寝そべる。ベルトを緩め、ネクタイも外し、よだれがたれそうなほど心も緩んでくる俺の様子に、やはり俺は霊感が無いんだろう、と安心した。
しかし、ここに住んでいた作家志望の彼氏、どうして自殺したんだろう、彼女がいたのに、いや彼女がいても苦悩は苦悩としてあったんだろう、苦悩と言うのは創作の苦悩かな、作家は昔から自殺しやすいもんな、でも自殺する前に彼女には打ち明けなかったんだろうか、いやまさかこれから自殺しますなんて言わなかったろうな、言ったら止められるもんな、そしたら彼女はある日帰ってきたら練炭自殺している彼氏を目の当たりにしたんだろうか、そんなの耐えられないよな、何で言ってくれなかったんだろう、何で止められなかったんだろう、って、思い悩むに違いないよな、しかもその後は200万の請求……、
自分もバイトしながら劇団員の夢を追って、カツカツだろうに……、
いま彼女はどこにいるんだろう、この家を引き払って、いったん実家に帰ってるのかな、だとしたら両親はどんな気持ちだろうな、彼氏も夢も失った娘を……
しかし両親と言えば彼氏側の両親だ、自殺だったとはいえ自分の息子の尻ぬぐいをよそのお嬢さんにやらせるとは……、
親としての責任は感じないんだろうか、もしかして彼氏と両親の関係もあまりよくなかったんだろうか、同棲しているということは知っていたんだろうか、もしかしたら知らなかったのかもしれない、それでどこぞの知らぬ女にかどわかされて息子は道を誤った、と思っているのかもしれない……
分からないな……
考え過ぎた……
もう疲れた……
今日はよく飲んだ……
飲み過ぎると自分と他人の境界があいまいになってくる気がする……
ねえ、なんで死んだんだい……
ここに寝てたら教えてくれるかい……
ねえ、なぜ死んだ……
どうして……
私に言わずに……
私を置いて……
私ってその程度の存在だった? 一緒に住んでたのに……
いつも一緒に入るお風呂……
ひとりだけ先入って……
ずるいよ……
私も一緒に……
行きたかった……
まだ間に合う……?
私、こっちにいても……
お金ないし……
もうそういうことにも疲れて……
私は悪くない、私は悪くないのに……
ねえ私もう疲れた……
そっち行っていい?……
いいよね……
行くね……
「来るな!!!」
という自分の怒号で目が覚めた。目が覚めたことで、寝ていたことに気付いた。
「だめだ!! こっちに来るんじゃない!!!!」
自分でも聞いたことが無いほど大きな声が出た。俺は天井に向かって呼びかけ続けた。真夜中にこんな大声を出したら近所に知れるかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
俺は我に返るとカバンの中を引っ掻き回し、携帯電話を見つけると三輪に電話した。画面を見たら時刻は午前3時。三次会が終わったのは2時頃だから俺がうとうとしていたのはほんの数十分のようだ。2次会で帰った三輪はもうとっくに家について寝ているだろう、が、起きてくれ。俺は何度も、何度も、呼び出し音を聞き続けた。
呼び出し音を100回聞いたかと思った時、三輪が電話をとった。
「なんだよ、こんな夜中に」
「大変だ、彼女が死にそうだ、お前、彼女の実家の住所知ってるか?」
「彼女? って? え?」
「ほら、練炭自殺した彼氏の彼女だよ」
「え? なんで今その話?」
三輪は寝ぼけているようで、一大事を理解せぬ速度がまどろっこしかった。
「俺、今例の物件にいるんだよ」
「あー……」
数秒の沈黙ののち、三輪は理解したようだった。
「分かった。彼女のご両親の電話が履歴に残ってるはずだから、かけてみるわ。お前も、死ぬなよ」
はっきり覚醒した三輪の声が電話ごしに力強く響いた。
「おう」
電話を切った後、俺はキッと和室の中央であぐらを組み、一睡もせぬ覚悟で佇んだ。彼女の霊が再び来たら、喝を入れてこっちに引き戻さないといけないからだ。

窓から朝日が差し込み部屋全体が白く光り輝く頃、再び携帯電話が鳴った。三輪からだった。
福島の実家に戻っていた彼女は、この夜、トラックに轢かれようとして国道付近をふらふらしていたところを、両親にとりおさえられたらしい。三輪からの電話で深夜に起こされた両親が娘の寝床を確認したところもぬけの殻で、慌てて周囲を探し回り、間一髪のところで助けることが出来たそうだ。
「お前の電話のおかげだよ。彼女いわく、国道に飛び出そうとしたら『来るな』『こっち来るんじゃない』っていう、彼氏じゃない男の声が聞こえて、踏みとどまったそうだよ」
「そりゃ残念だったな、彼氏の声じゃなくて」
「人一人救っておいてずいぶん控えめなんだな。しかし、俺もお前の言うこと真に受けて、バカ正直に両親に電話してみてよかったよ。夜中にとんだ迷惑扱いされると思ったけど、いや、ていうかされたけど、両親が半信半疑で娘の部屋をのぞいてみたら娘がいなくなってるから、ぞっとして、家を飛び出して娘を探したらしい。後からずいぶん謝られたよ」
「しかし、自分が自殺するにしても、事故物件を出さない方法をとるところがいじらしいよな。練炭とか、飛び降りじゃなくてさ。あ、そう言えば」
「なんだ」
「彼女に、伝えてくれないか。明日宝くじを買えって。下から五番目の当選額が丁度200万円の宝くじを買えって」
「なんだそれ」
「彼氏からの伝言。なんか俺、彼氏になつかれちゃってさ。彼女をよろしくって言われてるんだ」
「お前、霊感ついちゃったのか」
「そうみたい。あ、それと、この部屋契約したいから今日お前の店行っていい?」
文:渋澤怜
ベトナム・ホーチミン在住のフリーライター・日本語教師。
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